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なぞ
 

いまだにこの車両だけが謎である。

XJR-11でありながらライトが4灯の仕様。

払い下げ品を作り変えたマシンなのだろうか?
author:Q.Z.ライフ, category:【車】ル・マン24, 08:47
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ザウバー
ザウバーが開発したマシンにつく『C』の文字。

グループCかなんかの意味かと思っていたら

ザウバーの妻クリスティーヌ (Christine) のイニシャルだった。



やるじゃねぇか、このハゲ!


memo

C7 6気筒3.5LのM88型エンジン




C8 1985,1986,1987 
C7のシャシーにメルセデス製5.0L ツインターボを搭載したモデル。
1986年ニュルで優勝。




C9 1987,1988,1989

C11 1990,1991

F1 C12~





author:Q.Z.ライフ, category:【車】ル・マン24, 12:47
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公道レーサー






はじめて見たときはCGかと思ってしまった。
本物の迫力。
じつにステキです。






author:Q.Z.ライフ, category:【車】ル・マン24, 20:26
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ジャグワー(ぽくだいじ風)
俺メモとして。

XJR-6
1985年にTWR(トム・ウォーキンショー・レーシング)が世界耐久選手権(WEC)用に製作したグループCカー。

8月11日、第6戦モスポート1000kmレースにてデビュー。
結果は#52 3位、#51 DNF 12周 ホイールベアリングが原因でリタイヤ。
1985年は2台体制で参戦を続ける。

1986年からシルクカットがスポンサーに就き、おなじみのカラーリングに。
Tカーとして#53が投入されるのもこの年から。
第4戦ノリスリングから3台体制。

1986年ル・マンにTWRとして初参戦
No.51(#286) XJR-6     239周
No.53
(#385) XJR-6LM 154周
No.52
(#186) XJR-6LM   53周



■ルマン仕様はライトとリヤウイングの低さに特徴があります。

XJR-7

アメリカはIMSAでレース活動をしていた44グループの車両。

同じジャガーのエンジンが載っているというだけでTWRとは一切関係がない。

XJR-8
1987年WSPCシリーズにフル参戦する。


ル・マンの戦績
No.4(#387) XJR-8LM 325周 5位
No.5(#286) XJR-8LM 158周 DNF
No.6(#186) XJR-8LM 231周 DNF



■どちらもXJR-8LM リヤウイングが低い!タイヤスパッツなし。

1989年のWSPC

WSPCに全戦参加義務。
レース距離を480kmに統一。
最低重量を900kgに引き上げ。
ル・マンはWSPCから外れる。

XJR-9
1988年WSPCシリーズにフル参戦する。

ル・マン
No.1(#588) XJR-9LM 306周 DNF
No.2(#488) XJR-9LM 158周 1位
No.3(#277) XJR-9LM 129周 DNF
No.21(#188) XJR-9LM 383周 4位
No.22(#186) XJR-9LM 383周 16位


■優勝車のNo.2 #488。保存の為、そのまま引退。
同車の動画

 
当時はポルシェやメルセデスが3Lクラスのエンジン+ターボが主流だったのに対しジャガーは超巨大な7.0LNAエンジンで戦ってました。

TWRの変化

 1990年からXJR-9の後継として小排気量ターボ車(XJR-10/11 後記)も製作します。
しかし、いかんせん信頼性が低く、ル・マンやIMSAのデイトナ24Hやセブリング12Hといった耐久レースでは到底走りきれないと判断されてしまいます。
 しかたなく耐久レースは従来の7.0Lのエンジンを使うXJR-12を製作することになります。

簡単にいうとこんな感じ。
XJR-10 IMSA   3.0Lターボ
XJR-11 WSPC 3.5Lターボ
XJR-12 IMSA・WSPC 耐久レース仕様 7.0L N/A

XJR-12

XJR-12は耐久レース専用なのでXJR-9LMのようにLMはつきません。

IMSA デイトナ24時間耐久    6.0l NA 仕様
IMSA セブリング12時間耐久 6.0l NA 仕様

1990年

この年のル・マンはWSPCから外れています。

1990年からル・マン(サルト・サーキット)名物の全長6kmに及ぶストレートがシケイン2つを追加するかたちで2kmづつのストレートになった為、直線での性能特化よりも旋回性能にウェイトが置かれ、結果車両のシルエットもXJR-9LMと比べてウイングの位置が高くなりました。

7.0l NA     
No.1(#990)  XJR-12 周 DNF
No.2(#290)  XJR-12 周 2位
No.3(#1090) XJR-12 周 1位
No.4(#190)  XJR-12 周 DNF

■キャノピー後部の大きなエアインテークがなくなりスッキリした印象のXJR-12。
 


■V12エンジンから生える芸術的なタコ足。

1991年
ル・マンは2位3位4位を独占する快挙を成し遂げる。
No.33(#891) XJR-12 周  4位
No.34(#991) XJR-12 周 3位
No.35(#990) XJR-12 周  2位
No.36(#290) XJR-12 周 DNF

 1991年ル・マンにはカテゴリー2としてXJR-12を投入。排気量は7.4Lにアップされ、カラーリングはカラシレンコン色に。ルマンへはXJR-12LMとして登録してました。

1992年
IMSAのデイトナ24とセブリング12にのみ6.5Lエンジンでエントリー。
デイトナ  No.2(#891) XJR-12  2位
                No.3(#191) XJR-12  DNF
                No.- (#      ) XJR-16  DNF  (XJR-10の改造車)
セブリング No.2(#891) XJR-12  4位


1993年
TWRはIMSAへの参戦を停止するも、初戦のデイトナ24にのみエントリーします。
また、フル参戦でない為、7.0Lエンジンのル・マン仕様で出場。
No.2(#190) XJR-12  DNF
No.3(#990) XJR-12  DNF
No.32(#193) XJR-12  DNF


余談

ちなみに1990年のル・マンでジャガーの3台を制して優勝したのは日本車のMAZDA 787Bです。

翌年からロータリーエンジンの使用が認められないの状況での優勝。まさに執念。

 けども勝った!勝った!と喜んでばかりもいられないマツダさん。
というのも優勝チームの勝ち逃げは許されてないので・・・
 この年にかけていたマツダは後継機の開発などせずに全力投球していました。
 ロータリーエンジンが使用不可だろうが翌年は出場せねばならず窮地に追い込まれます。
この話はまた後ほど。

XJR-11

WSPCでのレギュレーションに対応したXJR-9の後継機。
オースチンローバー製3.5L V6ツインターボを搭載しています。 

 XJR-12と比べて前後タイヤ間がぐっとしぼられた形状。これは空力の関係からフロントからの断面積をできるだけ近づけるように工夫されたもの。
 キャノピーはどうしても面積が大きくなってしまうのでサイド部をしぼる。
 リヤタイヤ前の「C」の字の下が排気管とウェイストゲートの排気口。

■模型だけどツインターボの位置関係がわかりやすいので貼っておきます。

 1989年WSPC第4戦 7月23日 ブランド・ハッチにてNo.1としてデビュー。
初出場にて5位を獲得。ドライバーは Lammers / Tambay。
このときはXJR-11とXJR-9が併走するかたち。
第5戦から2台ともXJR-11となるが、第6,7戦が両車共にリタイヤと終わり
第8戦には2台ともXJR-9での出走となる一面もあった。
 1990年からはXJR-11の2台のみでフル参戦。
第5戦には1-2フィニッシュをかざっている。

1991年のWSPC
WSPCからSWCに呼称がかわると共にレギュレーションも変化。
カテゴリー1は当時のF1と同じ3.5L N/Aエンジンのみとなります。

XJR-14
TWRもターボ車であるXJR-11の後継機としてN/A車のXJR-14を製作し投入します。

■XJR-14 N/A3.5L コスワースHBエンジン搭載

ボディ命で開発したのでエンジンはF1で実績のあるコスワースからの供与品。
1989年末にジャガーはフォードの傘下に入ります。
そのつてで、フォードエンジン・コスワースチューンを搭載するというわけですね。
このマシンで1991年SWCシリーズにフル参戦します。

 ボディ開発コンセプトが、エンジンがF1ならそれに準じてボディも作ればよくね?てな感じで以前のモデルにあったような開閉式のドアはなく、上部エアインテークわきの小さなパネルを外して乗降するハードな仕様として完成。
 某ドライバーはガタイがでかくて運転席に入れず契約をしなかったそうです。

続マツダさん

さて先程のマツダの話の続きになります。
そこでマツダと親交の深かったTWRからXJR-14のシャシーを供与してもらいます。
エンジンはコスワースではなくジャッドのVG10をベースにしたMVG10を搭載。

その雄姿がこちら↓

■わぁ・・・

 がっしり感のある787Bと比べると超キャシャリン。
見た目まんまXJR-14ですが、コスワースV8エンジンからジャッドV10エンジンへコンバートしているせいでかなりの部分に形状の変更を強いられます。
 またこれまでのロータリーエンジンでは考えられなかった部分がレシプロエンジンの大きな振動で壊れたりとレース自体もなかなか大変だったようです。

XJR-10
1989年に派生したターボ種。XJR-11のかたわれ。
IMSAのレギュレーションで製作されている為、3.0Lターボエンジンを搭載する。
第5戦ライム・ロックでデビュー。

■くびれ+煙突のようなエアインテーク

■途中からライトまわりにカナード?がつきます。

■吸い込まれそうなエアインテーク。

1991年 スポンサーにバド・ライト

■さらにカナードを追加


XJR-16

XJR-10を魔改造した車。
XJR-10Fという呼称になるはずが、いじりすぎてXJR-16となる。
カナードがとれてフロントまわりがスッキリしましたね。

特徴はXJR-14を模倣したでかい2段ウイング。

1991年
IMSAシリーズの第5戦からデビュー。
7戦目から2台体制となります。

1992年

IMSAのデイトナに2台出場予定のXJR-12の内、3号車がクラッシュしたため、急遽出場となります。が、レースのウォームアップ中にまさかのエンジンブローとなり幕を閉じます。
これがXJR-16最期の活躍となります。

そしてTWRの1992年は…

え〜タバコの広告にケチがついたせいで、1991年限りでシルクカットさんスポンサーを降りてしまいました。他にさがすも見当たらずにこの年のSWCは不参戦となります。
SWC不参戦=ル・マンにも参戦しません。
なのであまった虎の子XJR-14をIMSAに持ち込んで出走します。
XJR-10/16はXJR-14にバトンタッチと言う名の強制引退に。さらばターボ車。

そんなこんなでSWCもいろんなチームに見放されて1992年で幕を閉じます。
復活するのはつい最近の2012年で全てが6時間耐久レースという狂いっぷり。
(ル・マンのみ24時間)

さておきXJR-14。
スポンサーはバド・ライト。
1992年IMSAは1台体制で細々と走っている印象です。

上後部のエアインテークが一口から二口のセパレート型に変更されていますね。

■乗り込み口オープン。ネコ耳みたいでかわいい。


耐久レースといえばXJR-12。
IMSAのデイトナとセブリングではお馴染みの光景ですね。

ウイングこそXJR-14にならった2段ウイング形状ですが、これはこれでかっこよさがあります。

つらつらと書き綴りました。
ちょこちょこ修正加筆していく予定。


author:Q.Z.ライフ, category:【車】ル・マン24, 11:02
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